ORCA AGAIN
シャチの文化と分化
Evolution of Population Structure in a Highly Social Top Predator, the Killer Whale
A.Rus Hoelzel, Jody Hey, Marilyn E. Dahlheim, Colin Nicholson, Vladimir Burkanov, and Nancy Black.
Molecular Biology and Evolutio 24(6): 1407-1415. 2007
注)これは、紹介する論文をそのまま直訳したわけではなく、複数の論文を読んで自分の解釈したままのものをまとめた内容になっております(ただし話のメインは上述の論文に従う)。発表自体は河田研ゼミ(昨年の冬)に行いました。
○どうして集団間では、遺伝的構造の違いが生じるのか?
生物の種分化、生物多様性の生成・維持を明らかにしていく上で重要なテーマだ。一般に遺伝的分化は遺伝子流動の阻害された集団間で生じる。例えば、物理的な障壁、環境からの選択圧、あるいは、個体の移動分散能力、繁殖行動パターンの違い、選好性の違い、繁殖様式の違い、生息場所の違いなど、色々あげられるが、今回はSocialな要因による障壁というのを扱う。
○SOCIAL BEHAVIOR
Social behavior とは、血縁度の高い者同士の協力行動であり、協力することで互いの適応度を上げることができる。具体的には、cooperative care, anti-predator strategies, そして今回扱う、social huntingがある。これらのsocial behaviorが進化する上では、“phylopatry”という“個体が他の群れへの移動分散を行なわないで、自分の群れで 一生を過ごす”という性質によって、血縁度の高い個体が協力できる状況が必要である。
○SOCIAL HUNTINGとPHYLOPATRY、そしてGENETIC DIFFERENTIATION
Social huntingは、餌生物の獲得が単独では困難を伴う場合、たとえば、餌の数が少なかったり、餌の捕獲が手ごわくて危険だったり、何らかのコツがいるなどの場合に、協力・学習・訓練によって、群れ内で戦略を確立さると、餌獲得効率が上がるので、結果的に適応度も上がる。そのようなSocial huntingができる個体が進化の過程で生き残っていくことができる。
そうして確立された戦略は、学習や仲間との協力によって継承されていくので、餌種やその採餌戦略が異なる群れがいる場合、それらの群れ間を移動した個体は、これまで習ってきた狩の方法が使えなかったり、仲間はずれにされることで、適応度は下がる恐れある。つまり、進化的には、群れごとのphylopatryが促進され、結果的にそれは群れの間での遺伝的な違いを生じるメカニズムとなると考えられる。
○シャチ
シャチOrcinus Orca は脊椎動物亜門哺乳綱クジラ目マイルカ科シャチ属に分類される。彼らは哺乳類の中でも二番目に広い生息域を持つ、海の最高捕食者である。平均7m・10t (♂)を越える巨漢を支えるだけの餌資源(エネルギー)の獲得という課題をシャチはどのように克服し、世界中に分布を広げてきたのだろうか。 今回のポイントは…
1)その地域に多く利用できる餌を効率よく食べる戦略を群れごとに持つ
2)シャチの知能の高さ(ここでは学習能力や血縁関係のある他個体との協力行動やコミュニケーションができる賢さ)ゆえに持つことができる社会性(文化)
…に注目して、Social Huntingからphylopatry、そしてGenetic differentiation(分化)が生じるという話を複数の既存の論文を引用することで、紹介したい。
○餌のバリエーション
鯨類(例;イシイルカ・ハンドウイルカ・カマイルカ・ミンククジラ・コククジラ・ザトウクジラ・シロナガスクジラ・セミクジラ・イッカク・ベルーガ)
鰭脚類(例;アザラシ・トド・オタリア・ラッコ)
鳥類(例;オウサマペンギン・ウトウ)
魚類(例;サメ・エイ・カジキ・マグロ・ニシン・サケ・オヒョウ・イカ・アイナメ)
陸上の哺乳類(例;ヘラジカ・トナカイ・ホッキョクグマ)
○地域の群れ特有の採餌戦略
シャチはそれぞれの海域で、最も利用しやすい動物を餌にすると言われている。その地域で豊富に利用できる餌を食べるようなsocial huntingをして、そのSocial huntingの戦略の違いが異なるようなので、social huntingが遺伝的分化に及ぼす影響を調べるためにはとてもいい材料である。ノルウェーやアイスランドのシャチは、低層にいるニシンの群れをシャチの群れで囲い込み、表層に移動させ、ボール状の魚群にして、Tail slapで一気にしとめる。地中海・ブラジル西岸周辺のシャチは近年、マグロやカジキを一本釣りする漁船を狙って、獲物を横取りする群が現れたという(Rossa and Secchi 2007)。一方、アルゼンチンやインド洋、アフリカ南方周辺海域では。浜辺にいるアシカなどに対してそこへ這い上がって来て捕食し、素早く泳ぐペンギンたちを浅瀬に群れで追い込んで、上下の逃げ場をなくしてしとめる。北極周辺では、アザラシなどの氷上の獲物を自ら発生させた波で落として仕留める群れがいる。
○北米西海岸周辺のシャチの複数の生態型
北米西海岸では、1973年から30年間以上も継続してシャチの研究がおこなわれており、photo IDによる個体識別データが蓄積され、現在、約400の個体の識別が可能になっており、生活史・餌・行動・形態・音・遺伝子・社会構造の研究が進んでいる(Ford et al. 1994;1999)。その研究成果として、この海域には、同所的に2つの生態型のシャチがいることがわかってきた。おもにサケなどの魚食性で、定住性の強い群れ(RESIDENT)とイルカやクジラを食べる哺乳類食性で、移動性高い群れ(TRANSIENT)である。二型は完全に餌種の食い分けが起こっている(Ford et al. 1998)
○2つの生態型の異なる採餌戦略
Residentの群れは、主に魚(夏場はほとんどサケ)を餌とし、大抵は十数頭の家族群(pod/sub-pod)を形成して生活する。魚の豊富な季節になると、特定の海域に定住し、餌を追うことから定住型と呼ばれる。サケは、特定の海域にパッチ上に群れ、音に対して鈍感であるため、シャチの群れの取る戦略としては、10~20個体構成で、個体同士が分散して魚群を探し、その間に頻繁に音声によるコミュニケーションをする。また、餌の探索には、エコーロケーションコールを使う。
一方で、Transientは小さな群れで生活し、決まった行動区域を持たず、餌も海に住む哺乳類に限られる。海の哺乳類は広い海域でまばらなに分布し、音に対して敏感である。そのため、それらを餌とする彼らは、10個体以下の群れで行動し、個体同士まとまって移動、そして、ほぼ無音声で、潜水時間も長い。餌場は予測不能なので、常に移動するという戦略をとっている。Transientは、餌の捕獲前は、音を出さず、捕獲直後から音を頻繁に出すような行動が見られ、これはSneak Attackと呼ばれ、音に敏感な哺乳類に気づかれないように忍び寄り、奇襲攻撃をかける戦略である。このとき、シャチが手がかりとしているのは、餌が出す音である(Deecke et al. 2005; Barrett-lennard et al.1996)。
このように各生態型間では、コミュニケーションコールに使う音(WhistleなどのDiscrete call)や音響定位につかうエコーロケーションコールのパルス構造や、それらの音声の利用頻度なども大きく異なる(Deecke et al. 2005)。
○シャチに関するSocial huntingの違いから生じる遺伝的分化の仮説
ResidentとTransientは異なる餌を群れごとで食い分けている。餌獲得効率を上げるためには、協力・学習・訓練(伝播)によって、餌に対応した独自の採餌戦略を確立させる必要があった(異なるSocial hunting戦略)。このような高度な社会性を持って狩をするためには、群れのメンバーが安定している必要があり、群間の移動分散は適応度を下げる。つまり、郷に入っても郷に従うすべを知らないため、その移入先の文化の異なる群れの中では協力するすべも知らず、コミュニケーションコールさえも違うので餌をとることもできない。そのため、Phylopatryな社会構造が促進される進化が起こり、結果的にそのような集団間でGene flowが阻害され、遺伝的分化が生じるというシナリオが考えられる。では、本当に生態型間で遺伝的な分化が起こっているのか?
○本論文では…
北米西海岸のシャチにおいて、集団遺伝学的手法により地域集団、生態型集団間の遺伝的構造の違いを調べた。マイクロサテライト16遺伝子座とmtDNAのcontrol regionの遺伝マーカーを用いて、北アメリカ大陸西岸〜ロシアのカムチャツカ半島まで海域における8集団間の遺伝的構造を調べた。それにより、種内での餌資源利用の違い(+それに伴う摂餌戦略の違い)、及び異なる社会集団へ所属することが、シャチ集団の遺伝的構造の進化にどのように影響を与えるかを検証した。その結果、まず同所的に生息するresident集団(定住性が強く、魚食性の群れ)とtransient集団(移動性が高く、哺乳類食性の群れ)の間(生態型間)に大きな遺伝的な分化が見られた。また、同じ生態型(resident)でも、地理的に離れた集団間ほど遺伝的分化の程度が大きくなる(isolation by distance)ことも明らかになった。したがって、Social huntingがphylopatyな構造を促進させ、生態型間とgeographic distanceの離れた集団間で遺伝的分化が生じたと考えられ、シャチの集団内・集団間の遺伝的構造の進化に関して、社会的な採餌行動が重要な役割を果たしていることを示唆している。
つまり、シャチは地域ごとにある潜在的な餌に対して、餌獲得戦略を確立し、食べれるようになり、それを世代に継承することで、利用可能な餌資源を群れごとに増やす。そして、新しい地域へ分布域を拡大した。餌環境に応じて、新たな行動を学び、伝えていくことが、シャチの繁栄の源であろう。Social behaviorによる障壁は、直接的な検証が難しいが、シャチに関しては、それらしいことが言えそう。
○疑問点
この北米西海岸に生息する2つの生態型は、同所的にいるにも関わらず遺伝的に完全に分化している。つまり、進化的なタイムスケールで長期間繁殖隔離が起こっているということになる。問題は、この隔離はいつどこで起こったかである。つまり同所的種分化の可能性があるのかないのか。同所的種分化は同じ場所から異なる繁殖集団が生まれることであり、理論研究でも実証研究でも成立例をあげるだけで話題になる進化学でホットな話題である。シャチが社会性を持つことで、同所的に2型に分化したということが確固たる根拠を持って証明できたら、おそらく進化学会を揺るがすインパクトのある発表となるだろう。しかし、同所的種分化を実証するのは非常に困難である(次週の論文紹介で詳しく紹介する予定)。おそらく実際は、異なる場所で、異なる餌を食べるように進化したシャチ集団が、現在は二次的に同居しており、それが強化によって繁殖隔離が完璧になって、現在の異なる生態型が表れているといういわゆる異所的種分化のいい例なのだろう…。
もう一つ個人的に疑問なのは、何が一番の交配前隔離機構になっているかだ。シャチくらいの社会性を持ち、高度な知能を持っている場合は、もはや何が繁殖隔離につながっているのかは不明だ。コミュニケーションコールに使われる音声か?そもそもシャチの2つの異なる生態型は、どうやって互いを認識しているのであろうか。まさに同じ場所にいても、互いに無視しあうらしいから驚きである。お互いに無関心なのか、あるいは、respectした結果なのか…。Transientがいれば、一目散に全速力で逃げるイルカたちも、Residentの個体とだったら悠然と一緒に泳ぐというから驚きだ。餌であるイルカ達はどうやって2型を識別しているのだろうか。
○引用文献
1)Barrett-Lennard et al. (1996) The mixed blessing of echolocation: differences in sonar use
by fish-eating and mammal-eating killer whales Anim. Behav., 51, 553–565.
2)Deecke et al. (2005) “The vocal behavior of mammal-eating killer whales: communicating
with costly calls.”Animal Behavior 69, 395–405.
3)Ford JKB, GM Ellis, and KC Balcomb (1994) Killer Whales: The Natural History and Genealogy
of Orcinus orca in the Waters of British Columbia and Washington State. UBC Press,
Vancouver, BC. 102 pp.
4)Ford JKB et al. (1998) Dietary specialization in two sympatric populations of killer whales
(Orcinus orca) in coastal British Columbia and adjacent waters Can. J. Zool. 76:
1456–1471.
5)Ford JKB, GM Ellis (1999) Transients: Mammal-Hunting Killer Whales of British Columbia,
Washington, and Southeastern Alaska. UBC Press, Vancouver, BC. 96 pp.
6)Rosa LD and Secchi ER (2007) Killer whale interactions with the tuna and swordfish longline
fishery off south-eastern Brazil: a comparison with shark interactions. J. Mar. Biol. Ass.
U.K.87, 135-140.
Evolution of Population Structure in a Highly Social Top Predator, the Killer Whale
A.Rus Hoelzel, Jody Hey, Marilyn E. Dahlheim, Colin Nicholson, Vladimir Burkanov, and Nancy Black.
Molecular Biology and Evolutio 24(6): 1407-1415. 2007
注)これは、紹介する論文をそのまま直訳したわけではなく、複数の論文を読んで自分の解釈したままのものをまとめた内容になっております(ただし話のメインは上述の論文に従う)。発表自体は河田研ゼミ(昨年の冬)に行いました。
○どうして集団間では、遺伝的構造の違いが生じるのか?
生物の種分化、生物多様性の生成・維持を明らかにしていく上で重要なテーマだ。一般に遺伝的分化は遺伝子流動の阻害された集団間で生じる。例えば、物理的な障壁、環境からの選択圧、あるいは、個体の移動分散能力、繁殖行動パターンの違い、選好性の違い、繁殖様式の違い、生息場所の違いなど、色々あげられるが、今回はSocialな要因による障壁というのを扱う。
○SOCIAL BEHAVIOR
Social behavior とは、血縁度の高い者同士の協力行動であり、協力することで互いの適応度を上げることができる。具体的には、cooperative care, anti-predator strategies, そして今回扱う、social huntingがある。これらのsocial behaviorが進化する上では、“phylopatry”という“個体が他の群れへの移動分散を行なわないで、自分の群れで 一生を過ごす”という性質によって、血縁度の高い個体が協力できる状況が必要である。
○SOCIAL HUNTINGとPHYLOPATRY、そしてGENETIC DIFFERENTIATION
Social huntingは、餌生物の獲得が単独では困難を伴う場合、たとえば、餌の数が少なかったり、餌の捕獲が手ごわくて危険だったり、何らかのコツがいるなどの場合に、協力・学習・訓練によって、群れ内で戦略を確立さると、餌獲得効率が上がるので、結果的に適応度も上がる。そのようなSocial huntingができる個体が進化の過程で生き残っていくことができる。
そうして確立された戦略は、学習や仲間との協力によって継承されていくので、餌種やその採餌戦略が異なる群れがいる場合、それらの群れ間を移動した個体は、これまで習ってきた狩の方法が使えなかったり、仲間はずれにされることで、適応度は下がる恐れある。つまり、進化的には、群れごとのphylopatryが促進され、結果的にそれは群れの間での遺伝的な違いを生じるメカニズムとなると考えられる。
○シャチ
シャチOrcinus Orca は脊椎動物亜門哺乳綱クジラ目マイルカ科シャチ属に分類される。彼らは哺乳類の中でも二番目に広い生息域を持つ、海の最高捕食者である。平均7m・10t (♂)を越える巨漢を支えるだけの餌資源(エネルギー)の獲得という課題をシャチはどのように克服し、世界中に分布を広げてきたのだろうか。 今回のポイントは…
1)その地域に多く利用できる餌を効率よく食べる戦略を群れごとに持つ
2)シャチの知能の高さ(ここでは学習能力や血縁関係のある他個体との協力行動やコミュニケーションができる賢さ)ゆえに持つことができる社会性(文化)
…に注目して、Social Huntingからphylopatry、そしてGenetic differentiation(分化)が生じるという話を複数の既存の論文を引用することで、紹介したい。
○餌のバリエーション
鯨類(例;イシイルカ・ハンドウイルカ・カマイルカ・ミンククジラ・コククジラ・ザトウクジラ・シロナガスクジラ・セミクジラ・イッカク・ベルーガ)
鰭脚類(例;アザラシ・トド・オタリア・ラッコ)
鳥類(例;オウサマペンギン・ウトウ)
魚類(例;サメ・エイ・カジキ・マグロ・ニシン・サケ・オヒョウ・イカ・アイナメ)
陸上の哺乳類(例;ヘラジカ・トナカイ・ホッキョクグマ)
○地域の群れ特有の採餌戦略
シャチはそれぞれの海域で、最も利用しやすい動物を餌にすると言われている。その地域で豊富に利用できる餌を食べるようなsocial huntingをして、そのSocial huntingの戦略の違いが異なるようなので、social huntingが遺伝的分化に及ぼす影響を調べるためにはとてもいい材料である。ノルウェーやアイスランドのシャチは、低層にいるニシンの群れをシャチの群れで囲い込み、表層に移動させ、ボール状の魚群にして、Tail slapで一気にしとめる。地中海・ブラジル西岸周辺のシャチは近年、マグロやカジキを一本釣りする漁船を狙って、獲物を横取りする群が現れたという(Rossa and Secchi 2007)。一方、アルゼンチンやインド洋、アフリカ南方周辺海域では。浜辺にいるアシカなどに対してそこへ這い上がって来て捕食し、素早く泳ぐペンギンたちを浅瀬に群れで追い込んで、上下の逃げ場をなくしてしとめる。北極周辺では、アザラシなどの氷上の獲物を自ら発生させた波で落として仕留める群れがいる。
○北米西海岸周辺のシャチの複数の生態型
北米西海岸では、1973年から30年間以上も継続してシャチの研究がおこなわれており、photo IDによる個体識別データが蓄積され、現在、約400の個体の識別が可能になっており、生活史・餌・行動・形態・音・遺伝子・社会構造の研究が進んでいる(Ford et al. 1994;1999)。その研究成果として、この海域には、同所的に2つの生態型のシャチがいることがわかってきた。おもにサケなどの魚食性で、定住性の強い群れ(RESIDENT)とイルカやクジラを食べる哺乳類食性で、移動性高い群れ(TRANSIENT)である。二型は完全に餌種の食い分けが起こっている(Ford et al. 1998)
○2つの生態型の異なる採餌戦略
Residentの群れは、主に魚(夏場はほとんどサケ)を餌とし、大抵は十数頭の家族群(pod/sub-pod)を形成して生活する。魚の豊富な季節になると、特定の海域に定住し、餌を追うことから定住型と呼ばれる。サケは、特定の海域にパッチ上に群れ、音に対して鈍感であるため、シャチの群れの取る戦略としては、10~20個体構成で、個体同士が分散して魚群を探し、その間に頻繁に音声によるコミュニケーションをする。また、餌の探索には、エコーロケーションコールを使う。
一方で、Transientは小さな群れで生活し、決まった行動区域を持たず、餌も海に住む哺乳類に限られる。海の哺乳類は広い海域でまばらなに分布し、音に対して敏感である。そのため、それらを餌とする彼らは、10個体以下の群れで行動し、個体同士まとまって移動、そして、ほぼ無音声で、潜水時間も長い。餌場は予測不能なので、常に移動するという戦略をとっている。Transientは、餌の捕獲前は、音を出さず、捕獲直後から音を頻繁に出すような行動が見られ、これはSneak Attackと呼ばれ、音に敏感な哺乳類に気づかれないように忍び寄り、奇襲攻撃をかける戦略である。このとき、シャチが手がかりとしているのは、餌が出す音である(Deecke et al. 2005; Barrett-lennard et al.1996)。
このように各生態型間では、コミュニケーションコールに使う音(WhistleなどのDiscrete call)や音響定位につかうエコーロケーションコールのパルス構造や、それらの音声の利用頻度なども大きく異なる(Deecke et al. 2005)。
○シャチに関するSocial huntingの違いから生じる遺伝的分化の仮説
ResidentとTransientは異なる餌を群れごとで食い分けている。餌獲得効率を上げるためには、協力・学習・訓練(伝播)によって、餌に対応した独自の採餌戦略を確立させる必要があった(異なるSocial hunting戦略)。このような高度な社会性を持って狩をするためには、群れのメンバーが安定している必要があり、群間の移動分散は適応度を下げる。つまり、郷に入っても郷に従うすべを知らないため、その移入先の文化の異なる群れの中では協力するすべも知らず、コミュニケーションコールさえも違うので餌をとることもできない。そのため、Phylopatryな社会構造が促進される進化が起こり、結果的にそのような集団間でGene flowが阻害され、遺伝的分化が生じるというシナリオが考えられる。では、本当に生態型間で遺伝的な分化が起こっているのか?
○本論文では…
北米西海岸のシャチにおいて、集団遺伝学的手法により地域集団、生態型集団間の遺伝的構造の違いを調べた。マイクロサテライト16遺伝子座とmtDNAのcontrol regionの遺伝マーカーを用いて、北アメリカ大陸西岸〜ロシアのカムチャツカ半島まで海域における8集団間の遺伝的構造を調べた。それにより、種内での餌資源利用の違い(+それに伴う摂餌戦略の違い)、及び異なる社会集団へ所属することが、シャチ集団の遺伝的構造の進化にどのように影響を与えるかを検証した。その結果、まず同所的に生息するresident集団(定住性が強く、魚食性の群れ)とtransient集団(移動性が高く、哺乳類食性の群れ)の間(生態型間)に大きな遺伝的な分化が見られた。また、同じ生態型(resident)でも、地理的に離れた集団間ほど遺伝的分化の程度が大きくなる(isolation by distance)ことも明らかになった。したがって、Social huntingがphylopatyな構造を促進させ、生態型間とgeographic distanceの離れた集団間で遺伝的分化が生じたと考えられ、シャチの集団内・集団間の遺伝的構造の進化に関して、社会的な採餌行動が重要な役割を果たしていることを示唆している。
つまり、シャチは地域ごとにある潜在的な餌に対して、餌獲得戦略を確立し、食べれるようになり、それを世代に継承することで、利用可能な餌資源を群れごとに増やす。そして、新しい地域へ分布域を拡大した。餌環境に応じて、新たな行動を学び、伝えていくことが、シャチの繁栄の源であろう。Social behaviorによる障壁は、直接的な検証が難しいが、シャチに関しては、それらしいことが言えそう。
○疑問点
この北米西海岸に生息する2つの生態型は、同所的にいるにも関わらず遺伝的に完全に分化している。つまり、進化的なタイムスケールで長期間繁殖隔離が起こっているということになる。問題は、この隔離はいつどこで起こったかである。つまり同所的種分化の可能性があるのかないのか。同所的種分化は同じ場所から異なる繁殖集団が生まれることであり、理論研究でも実証研究でも成立例をあげるだけで話題になる進化学でホットな話題である。シャチが社会性を持つことで、同所的に2型に分化したということが確固たる根拠を持って証明できたら、おそらく進化学会を揺るがすインパクトのある発表となるだろう。しかし、同所的種分化を実証するのは非常に困難である(次週の論文紹介で詳しく紹介する予定)。おそらく実際は、異なる場所で、異なる餌を食べるように進化したシャチ集団が、現在は二次的に同居しており、それが強化によって繁殖隔離が完璧になって、現在の異なる生態型が表れているといういわゆる異所的種分化のいい例なのだろう…。
もう一つ個人的に疑問なのは、何が一番の交配前隔離機構になっているかだ。シャチくらいの社会性を持ち、高度な知能を持っている場合は、もはや何が繁殖隔離につながっているのかは不明だ。コミュニケーションコールに使われる音声か?そもそもシャチの2つの異なる生態型は、どうやって互いを認識しているのであろうか。まさに同じ場所にいても、互いに無視しあうらしいから驚きである。お互いに無関心なのか、あるいは、respectした結果なのか…。Transientがいれば、一目散に全速力で逃げるイルカたちも、Residentの個体とだったら悠然と一緒に泳ぐというから驚きだ。餌であるイルカ達はどうやって2型を識別しているのだろうか。
○引用文献
1)Barrett-Lennard et al. (1996) The mixed blessing of echolocation: differences in sonar use
by fish-eating and mammal-eating killer whales Anim. Behav., 51, 553–565.
2)Deecke et al. (2005) “The vocal behavior of mammal-eating killer whales: communicating
with costly calls.”Animal Behavior 69, 395–405.
3)Ford JKB, GM Ellis, and KC Balcomb (1994) Killer Whales: The Natural History and Genealogy
of Orcinus orca in the Waters of British Columbia and Washington State. UBC Press,
Vancouver, BC. 102 pp.
4)Ford JKB et al. (1998) Dietary specialization in two sympatric populations of killer whales
(Orcinus orca) in coastal British Columbia and adjacent waters Can. J. Zool. 76:
1456–1471.
5)Ford JKB, GM Ellis (1999) Transients: Mammal-Hunting Killer Whales of British Columbia,
Washington, and Southeastern Alaska. UBC Press, Vancouver, BC. 96 pp.
6)Rosa LD and Secchi ER (2007) Killer whale interactions with the tuna and swordfish longline
fishery off south-eastern Brazil: a comparison with shark interactions. J. Mar. Biol. Ass.
U.K.87, 135-140.

